2017年10月21日
本日10月20日、ネパール出張から帰国しましたスタッフの小島が今回の出張についてご報告します。今回の出張の主な目的は、ヒマラヤの奥地サマ村での2つの活動についてです。1つ目は森林再生プロジェクトの視察、2つ目は新たに建設をした学校の宿舎の視察です。
住友林業株式会社の中村さん、松根さんによる調査
まず前者についてご報告します。2015年から5年計画でスタートした森林再生プロジェクトは今年で3年目を迎え、来年2018年は初の植林を開始予定です。(これまでの詳細はこちらから。http://www.peak-aid.or.jp/fund-manaslu2/34/)今回の視察も当活動のアドバイザーである住友林業株式会社から2名の研究者を派遣していただき、昨年3000株、今年12000株の計15000株のモミ(thasing(シェルパ語))、マツ(metang)、カイヅカイブキ(shukpa)、カンバ(thakpa)の育苗の状況、植林候補地の調査、サマ村周辺の木々の調査を行いました。
ゾッキョ対策。現地調達できるもので工夫する
詳細なレポートは追ってご紹介しますが、住友林業のお二人によると、現地の育苗の状況は良好であり、現地責任者のアンタルケAntarke(68)の活動を評価していただきました。ただし、今後の主な課題はゾッキョとよばれる家畜による食害対策とご指摘いただきました。ゾッキョは村の至るところで放し飼いにされており、ほとんどの植物という植物を食べあさるため、植林候補地だけでなく村のほぼどこにも木々の稚樹が育っていないと判明したためです。物品の村には竹が自生しているため、村人総出で、竹のカゴでカバーを作るなど、対策を講じます。
責任者のアンタルケ。これまでエベレストエリアでの植林に長年関わってきた職人
春先の大雪。苗が潰れてしまう危機だった[/caption]
アンタルケはこれまでの活動を振り返り「ムシによる食害と春先の大雪で育苗が全てなくなってしまうと思ったが、できるだけのことをして、今の状況までくることができた」と述べ、彼のアシスタントのChewang(62)は「アメリカに住んでいる子供たちから引っ越してきてほしいと言われている。けれど、私はサマ村で生まれ育ち、子供の頃に見た森の豊かさを知っている。サマ村の森、そして私の国に貢献できることは名誉だ」と活動に対する思いがありました。
なお、当活動はコスモ石油エコカード基金の支援もいただいています。
多くの村人が参加した
続いて、新たに建設をした学校の宿舎の視察について報告します。2015年にネパールの広域に甚大な被害をもたらした震災は、当団体が以前に建設しました現地のガウリシャンカール・プライマリスクールの学校寮にも被害をもたらし、使用できない状況になりました。そのため地震後、現地からの要請により、当団体は再建に取り組み、今夏ついに完成しました。以前の寮は2階建てでしたが、地震の際に子供達が2階建の建物に入ることを怖がったとの報告があったため、新規寮は1階建てとしました。現在は48名の生徒が建設しました学校寮に住み、日々勉学に励んでいます。
学校はヒマラヤの山あいに位置する。標高はおよそ3500m
多くの村人はこのような家で家畜とともに暮らす
サマ村滞在中には学校寮のオープニングセレモニーがあり、村人の大半である300名前後の出席がありました。式典では、当団体のカウンターパートであり、今年から村の村長を務めているビルバードルBirubudur(44)が、地域の教育向上のため出席した村人に対し「学校に通うことが大切だ」と述べ、また「これまで25年間学校の運営に関わってきた。地震では苦しい思いもしたが、支援していただいた日本人に感謝し、これからは新たにサマ村の代表として、村の発展のために努力したい」とスピーチがありました。
改めまして、ご支援いただいています企業や個人の皆様に感謝申し上げます。今後とも当団体はサマ村での活動を進めてまいります。何卒宜しくお願い申し上げます。
サマ村の全景