谷口けい冒険基金

REPORT第2回「谷口けい冒険基金」支援活動紹介

2017年12月22日

第2回谷口けい冒険基金の支援対象プロジェクトを決定しました。活動内容とインタビューを公開しましたので、ぜひお読みいただければ幸いです。

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活動名称

パンドラ東壁 登攀隊

簡略概要

2015年、谷口けいと和田淳二が挑戦するも登ることができなかったネパール・ヒマラヤのパンドラ(6850m)の東壁。2018年秋、和田と二人の仲間が、この未踏の大岩壁に挑戦する。

活動メンバー

和田淳二(隊長)鈴木啓紀(副隊長)大石明弘(記録係)

行動計画

2018年10月上旬、日本発。
10月中旬、ベースキャンプへ向けトレッキング(約二週間)。高度順化。
11月上旬、壁の登攀。登攀期間約1週間。
11月中旬、下山(2週間)11月下旬帰国


ネパール・パンドラ東壁に、再び挑む

〜2018年秋ネパール・ヒマラヤ、パンドラ東壁登攀への挑戦〜

文・須藤ナオミ

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西ネパールにそびえるパンドラ(6850m)

2015年、谷口けいさん(以下、けいさん)と和田淳二さんが挑戦したネパール・ヒマラヤのパンドラ(6850m)東壁。約6400mまで迫るものの、壁を越えられず下山した。帰国後、けいさんはSNSに次のように綴っている。

"偶然見つけて出掛けて行った未踏峰。最高にカッコイイ山でした。東ネパールは初めての地。訪れる人も稀で、静かで、目指す山への道のりは遠く、予想外の展開も色々。。。涙も笑いも怒りも、全てひっくるめて、この経験に感謝。開けてしまったパンドラの箱。中身を確認しに、また必ず行きます。(原文ママ)"

この書き込みから1ヶ月もしないうちにけいさんは逝ってしまった。パートナーであった和田さんは、この壁に再び挑もうとしている。新たなパートナーふたり、けいさんとも親交の深かった鈴木啓紀さん、大石明弘さんとともに。

プロフィール

和田淳二(わだ・じゅんじ)

1975年12月1日生まれ。埼玉県出身、山形県東根市在住。幼少から山に親しみ、高校で山岳部に入部したことをきっかけに本格的に山に登るようになる。現在は林業(森林組合)作業員として従事しながら休日を利用し、国内外の壁、沢、スキーなど山をオールラウンドに楽しんでいる。

おもな登山歴

【海外】メラピーク、アイランドピーク、パルチャモ、アマダブラム(6300mまで)、パンドラ(6400mまで)、アラスカ・ルース氷河で初登攀4本(2014年アジアピオレドール賞受賞)、台湾・三桟渓(サンチャンシー、途中敗退)。

【国内】黒伏山初登攀(無雪期・2、冬期・4本)、知床・五胡の大滝初登攀、月山~朝日連峰縦走(約100km・スキー単独)、吾妻連峰~飯豊連峰(約120km・スキー単独)。朝日連峰(八久和川、岩井又沢、竹ノ沢、西ノ俣沢、荒川中俣沢など)、飯豊連峰(飯豊川、胎内川、内の倉川、東俣沢、実川前川など)。

幼いころから山登りが好きだった父に連れられるようにして山に行っていたという和田淳二さん。高校では自らの意思で山岳部に入部、本格的に山に目覚めていった。大学入学を機に山形県へ移り住み、現在も同県を拠点としている。2013年から2015年にかけて、和田さんは頻繁にけいさんと山に行っていたという。

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和田さんと谷口さんのツーショット

けいさんと一緒に山に行くようになったのはいつ頃からですか。

2012年のゴールデンウィークに偶然、劔岳でけいさんを見かけて声を掛けました。その前にもクライマーズミーティングで会ってはいたのですが、けいさんはあまり覚えていなかったようで、「誰〜?」みたいな感じでした。その時は大石くんも一緒で、行こうとしていたルートが同じだったこともあり、ともに登ることになりました。

その後はあまり交流がなく、翌年2月のクライマーズミーティングでけいさんに再会したんです。たわいもない話しの後、急に「ところで黒部横断に行かない?」と。光栄でしたし、「行きます!」と即答しました。それ以降はよく一緒に山に行くようになりましたね。だから、3年ないんですよね。

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パンドラを目指してキャラバン

山でのつき合いというのは深く、違ったものがありますよね。では、黒部以降は頻繁に行くように?

黒部横断が終わった直後に「アラスカに行こうよ!」と。仕事もありましたが、「行く方向で考えます!」と答えました。国内の山にも一緒に行くようになり、山形にもよく来てくれました。その度に、けいさんが満足するような山はどこだ?といつも考えていましたね。

よっぽど居心地がよかったんでしょうね。2015年のパンドラはどのように行くことが決まったのですか。

アラスカが終わったときくらいですね。「今度はヒマラヤに行こうよ!」と。アラスカに行って一緒に登れたし、今度はヒマラヤ!という感じだったんだと思います。そのときはまだ漠然とヒマラヤという感じで。

パンドラを知ったのは偶然でした。山と溪谷社の萩原浩司さんが2014年にアウトライヤー東峰に初登頂されていますが、その際のマカルー方面を撮った写真に偶然写り込んでいたんです。けいさんが写真を見て、「なにこの山〜?この壁なに〜?」と興味を持って調べ始めました。写真を拡大したりグーグルアースで調べたりして、山の名前もパンドラと分かって。これはいけるんじゃないの?と。そんなはじまりでした。

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2015年にパンドラを偵察した際の写真。

一枚の写真がきっかけだったんですね。そして2015年に向かわれるわけですが、その際は残念ながら壁を越えることはできませんでした。

乾季で天候は概ね良かったです。問題は...、自分自身にありました。4日目にだいぶ悪いところを登って、「これはムリだな...届かないな...」と直感で思ってしまったんです。けいさんは行く気満々でしたが、自分は確信が持てなくて確実に引き返すならばここだなと。でも、ヒマラヤの壁を登るには、それではダメだと、下山してすぐにひどく後悔し落ち込みました。やはりどこかで、かけなくてはいけない場面があると思うので、甘かったと。けいさんに気持ちを伝えて謝ったら、「だから言ったでしょう! なんでそんなこと言うの!」と叱られました。

けいさんは一度行った山には行かないと聞いていたので、この借りは自分でなんとか返さなくてはと思い、「仲間を募ってまた来ようと思います」と。そしたら、「え〜?なんで〜?わたしと来ればいいじゃない。もう一回行こうよ」と言ってくれました。自分としては、本当に情けなくて情けなくて...。いまでも引きずっています。

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2015年にトライした際の写真。登攀者は谷口けいさん。

そんなことがあったんですね...。そして、来年は3人でパンドラに挑戦されます。

じつはけいさんの事故の直後に鈴木くんから電話があって、「自分でよければ一緒に行きましょう」と言ってくれたんです。気持ちは有り難かったですが、とても混乱していてとても気持ちが向かう状況ではありませんでした。でも、気に掛けて貰えて嬉しかったです。

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2015年にトライした際の写真。登攀者は和田淳二さん。

2年経って、いよいよという感じでしょうか。

いずれ行かなくてはという思いはありました。鈴木くんも大石くんも、けいさんとよく一緒に登っていた仲間です。今回は少し早い時期にアタックしたいと思っています。前回はかなり寒かったこともあり、10月20日過ぎにはアタックを予定しています。氷のセクションが多いので、いかに体力を温存して越えられるか、というのがポイントかもしれません。でも、いちばんは...気持ちですかね。

出発は少し先にはなりますが、頑張ってください!ありがとうございました。

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パンドラBCにて

「心配性なところは自分の元来の性格です。でも強い登山者になりたいんです」と言っていた和田さんの言葉が印象的だった。最後に、2015年けいさんがパンドラへ向かう前に書いた言葉を。

"日本の紅葉と富士山初冠雪を体験して、ヒマラヤへいざ出発。と思ったら、ネパール燃料枯渇問題で国際便フライトが滞っている... ネパールに無事に辿り着けるのかどうかも怪しい前途多難な遠征幕開けとなりました。と、「すべてがうまくいかないとき、はじめて冒険が始まる」というイヴォン・シュイナードのお言葉をいただき、改めてこの前に立ちふさがる壁に感謝。素晴らしい冒険の幕開けに違いなし(原文ママ)"

パンドラ東壁の再チャレンジ、心から応援したい。


他メンバーのプロフィールと遠征にかける思い

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鈴木啓紀

1980年生まれ。埼玉県出身。 パタゴニア日本支社勤務 二十歳のころからアルパインクライミングを始め、アラスカ、カナダ、パキスタンなど世界各地の山や壁を登る。会社員、クライマーのふたつをいかの両立させるかに悩みつつ、オフィスでのハードワークと山での高難度ルートの完遂に挑戦し続けている。

おもな登山歴

【海外】 ヒマラヤ・ハイナブラック・イーストタワー登攀、カナダ・ノースハウザータワー登攀、アラスカ・ムースズトゥース登攀、ヒマラヤ・ランシサ・リ試登。アメリカ・エルキャピタン、リーニングタワー登攀

【国内】 谷川岳一ノ倉沢、錫杖岳前衛壁、冬季登攀。槍ヶ岳穂高岳継続登攀。黒部横断など

コメント

けいちゃんは、自分の本当の気持ちから逃げたり妥協したりせずに、行動をし続けていました。 自身の思いに対して誠実であろうとし、格闘しつづけること......。それは言葉で言うほどたやすいことではなく、安きに流されていては実現できないことであり、そして自分自身を生きるうえではとても大切なことだと思います。

彼女の人生に対するポジティブな姿勢とエネルギーに触れられたことは、僕にとってはとても大きなギフト。彼女が残してくれたエネルギーの破片はまだたしかに僕のなかに生きていて、ときに僕を叱咤し、勇気づけ、背中を押してくれています。まるで織火のように。 そして、けいちゃんとつながりのあった多くの人びとのなかにも、彼女のエネルギーの破片が同じように息づいているのだと信じています。

谷口けいは、疑う余地なく偉大な山ヤです。しかし彼女の本当の素晴らしさは、誠実に自身の人生と向き合いつづけた、その美しい人生の軌跡そのものにあったと僕は思います。 逃げたり、妥協したりすることなく、僕も自分の人生に真っ直ぐ向き合いたい。そのためには、自分が本当に登りたいと思うパンドラという巨壁に、全力で挑戦したいと思っています。

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大石明弘

1979年生まれ。静岡県出身。高校時代から登山をはじめ、大学4年生の時にヒマラヤ8000m峰に登頂。30歳で谷口けいにアルパインクライミングの手ほどきを受ける。以後、休日を利用して日本の壁に向かっている。

おもな登山歴

【海外】 アラスカ・マッキンリー。ヒマラヤ・チョーオユ。カナダ・ノースハウザータワー登攀。フランス・モンブラン・デュ・タキュール。

【国内】 錫杖岳前衛壁、冬季登攀。槍ヶ岳穂高岳継続登攀。黒部横断など

コメント

けいさんと出会ったのは、2001年、自分が大学を卒業する直前の冬。大学を卒業して僕が社会人になる一方で、けいさんは自分の旅を繰り返していました。 いつも未知の場所に向かっていたけいさんの姿は、冒険的なことをしてみたいという気持ちを常に僕に持たせてくれました。

けいさんが、持っていた冒険への憧れは、全ての人に必要なもの。冒険心を持って何かを飛躍させること、行動範囲を広げること、新しい世界に一歩踏み込んでみることは、自分だけでなく、その周りの人々の人生にもポジティブな影響を与えてくれるものだと信じています。 パンドラというケイさんの未完の作品を完結させることができれば、それはけいさんの冒険とその意味を、多くの人に伝え、世界をより良い方向に向けてくれると思っています。

けいさんに引っ張られるかのように日本の山を登っていた私には、パンドラは大きすぎる壁。しかし、けいさんも引用した「すべてがうまくいかないとき、はじめて冒険が始まる」という言葉を信じ、この冒険に懸けてみたいと思います。  応援して下さる皆さまに心から感謝申し上げます。


谷口けい冒険基金公式サイト

http://keifund.net

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