シェルパ基金

REPORT10万USドル寄付。記者会見レポート

2014年5月12日

概要

認定特定非営利活動法人セブンサミッツ持続社会機構(以下、SSASSと記す)理事長、野口健は、2014年5月5日ネパール•カトマンズにて、ネパール山岳協会(以下、NMAと記す)会長アンツェリンシェルパ他と共に記者会見をおこなった。記者会見では、SSASSよりNMAに対して10万USドル(1020万円相当)の寄付が発表された。この寄付金は、2014年4月18日にエベレストにて発生した雪崩事故による死亡者ならびに行方不明者の補償、また今後同様の事故が発生した際の補償などを目的とする。またNMAより、今回の寄付金が一つの機会となり、新基金設立の発表がされた。

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背景

4月18日、エベレスト登山史上、最悪の事故が発生。早朝6時30分頃、ハイキャンプ準備のため、ベースキャンプからキャンプ1を目指していたおよそ60名のシェルパ(この文書内では、単一の民族を指す意味ではなく、ヒマラヤ登山における登山ガイドの俗称を意味する)が、標高5900m、通称フットボールフィールドと呼ばれるクンブアイスフォールを通過中に大雪崩に遭遇。13名の死亡が確認され、3名が未だに行方不明。9名以上が負傷したとされる。亡くなったシェルパには、およそ40名の子供たちがいたが、その多くは未就学児とわかった。

雪崩に巻き込まれたシェルパには、過去に野口とエベレスト清掃登山やマナスル清掃登山を共にしたアンカジシェルパも含まれていた。悔しいことに死亡者の1人だった。彼は6名の子供と両親を養っており、野口は「家族のために頑張るんだ」とのアンカジの言葉やあたたかい人柄をよく覚えているという。なお、アンカジは離婚していたため、これからは弱冠19歳の娘が、祖父母を含めた家族全員計8名の面倒をみなければならない。


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ネパール政府は、事故後、およそ4万円の補償金を発表。また、遠征隊がシェルパにかける民間の保険では限度額100万円程度の補償金があったが、事故後のシェルパからの要求によりおよそ150万円と変更になった。しかし、一部のシェルパが補償金が少ないと反発。一部政治勢力の介入もあったと言われているが、こうした複合的な要素が複雑に絡みあい、今シーズンのエベレスト登山は実質不可能となった。

ヒマラヤ登山統計の第一人者、Elizabeth Howley著、『The Himalaya by the numbers』によると、1950年-2009年、ネパールの6000m~8848mの山でのシェルパの死亡者は224名にのぼる。50%に近いシェルパの死亡原因は、遠征隊のためのルート工作など遠征準備中の雪崩による死因とされている。一方登山隊メンバーの死亡原因は、衰弱などによる滑落が圧倒的だ。統計によると、シェルパの死亡率は、イラク戦争に従軍したアメリカ人兵士の数倍をこえるともいわれている。

では、なぜシェルパはガイド業を辞めないのだろうか?


大きな理由は、登山隊とシェルパのお互いのニーズが一致するためだ。登山隊の山に登りたい需要と、シェルパの"生活のため"の需要がマッチするからである。多くの登山隊は、シェルパのサポートなしにヒマラヤ登山はできない。登山隊を頂上まで導くクライミングシェルパは1シーズンで30~60万円を稼ぐことができる。『世界子供白書』によると、1日1.25ドル以下で暮らす割合が55%いるネパールでは破格だ。しかしながら、当然、命をかけた危険な仕事となる。

現行の補償システムでは、登山斡旋会社が自ら雇うシェルパに対して、保険をかけるのみである。ただし、先述したように現行システムでは、限度額が決まっている補償のみ。したがって、ネパール政府からの補償システムは何もない。政府はエベレスト入山料として、今年の春シーズンのみで3億円以上の収入を得ているにも関わらずだ。彼らは、生活のために登山をし、事故に巻き込まれたとき、何を思うだろうか。

1996年、ヒマラヤのトッレッキングルートで雪崩が発生し、日本人13名が亡くなる遭難事故があった。事故直後に、野口は1通のファックスをネパールからうけた。「私の兄を含めた12名のシェルパも犠牲になった」と。野口の大親友ナティシェルパがそのひとりだった。しかし、連日の報道は日本人のみに向けられたものであり、日本のメディアの多くは、シェルパの遭難を取り扱おうとしなかった。


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このような背景から、野口は2002年にSSASSを立ち上げ、シェルパ基金を設立した。シェルパ基金では、登山ガイド中に亡くなったシェルパの遺児の教育支援を目的としている。主に小学校から高校までの長期間のサポートをおこなっており、2014年現在は、13名の生徒がカトマンズやクムジュンの学校に通っている。また、この支援により8名が高校を卒業した。

野口隊は、今まで死亡者を出したことはないが、遠征を共にしてきた何にものシェルパが、他の隊でのガイド中に亡くなった。今回の事故をうけ、野口もヒマラヤ登山をおこなう当事者の一人として、緊急的にできることをしようと、遺族補償のため、急きょ寄付金の提供を決め、カトマンズ入りをした。

世界中の主要メディアは、今回の雪崩発生直後に、大規模な報道をおこなった。BBCやCNNなど、雪崩発生から数時間以内に大々的にニュースを流していた。しかし、日本のメディアの扱いはあまりにも小さかったこともカトマンズ入りした理由だ。

記者会見要旨

記者会見では、冒頭、今回の事故で亡くなったシェルパに弔意を表し、黙祷を行った。以下は、記者会見での発言の要旨である。

アンカジシェルパの長女チェチ•シェルパが遺族を代表して挨拶。「雪崩事故にて父を亡くしました。重大な事故にも関わらず、ネパール政府が注目してくれなかったのは悲しい。ただ、ネパール山岳協会をはじめとした業界団体が遺族の補償のため尽くしてくださり感謝します」と述べた。

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野口は、冒頭にシェルパ基金設立の理由を述べ、
「シェルパ基金を立ち上げたことにより、遺族と会う機会がある。遺族と会わないと、何が起きているか、本当のところはわからない。一例ではあるが、ある外国隊のシェルパがアイスフォールで遭難した際、その隊の隊長は、シェルパを物のように扱っていたと聞いた。シェルパは長年我慢し続けてきたと思う。

また昨年には、エベレスト上部にて、外国人とシェルパの乱闘事件があった。シェルパが野蛮という報道が世界中をかけまわったが、その背景に何があったかが大切だと思う。僕自身にも反省すべき点はある。シェルパに甘えてきたと思う。シェルパなしには登山が成り立たないからだ。どんなに気をつけても事故は時におきるもの。命をかけて仕事する以上、今後も遭難は起きるかもしれない。そうなれば、僕らメンバーは今以上に気をつけなくてはならない。

今回、新基金設立の発表があったことは、ネパール国内からのアクションでもあり、大変うれしく思う。また、今回のボイコットもやむを得ないと思うが、ボイコットは一回にしなければならない。継続的におこなわれると、ネパールの信用問題となる。エベレストだけの問題ではなく、全体のネパール訪問者が減るだろう。

また、僕は今回のボイコットが必ずしもシェルパからの要求だけではなかったことを心配している。ボイコットの一部にネパールの政治勢力の活動があり、ボイコットに応じなければ、脅迫をしたと聞いている。ボイコットの背景に何があったか解明する必要がある」と述べた。

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元観光相、NMAアドバイザー、ヤンキラ•シェルパは、
「亡くなったシェルパはネパール登山界の宝だけでなく、国際的にも宝だったと私は思う。しかし、一部の亡くなったシェルパが雇われていた隊のメンバーは、遺族に会わず、国へ帰ってしまった。雪崩は自然的な事故であり、エベレスト以外の観光は安全であると報道してほしい。世界中から我々シェルパのことを思ってくれるのは大変有り難い。しかしながら、寄付に頼るだけでなく、我々自身も歩んでいかなければならない。基金設立のアナウンスはできたが、通常ネパールの動きは大変遅い。全てはこれからだ。NMAには効果的かつ迅速に動いてもらいたい」
と述べた。

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NMA会長、アンツェリン•シェルパは、
「今回の雪崩で犠牲になった遺族と、今後同様の事故が起きた際の補償を行うため、基金を設立する。世界中から援助をしたいとの声があがっており、政府からNMAに遺族の教育に責任をもつよう命じられている。SSASSの寄付金が、ネパール国内にて基金を立ち上げる一つの機会となった。基金の悪用を防ぐため、国際的な登山家に監査役になってもらいたいとも考えている」
と述べた。

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報道

今回の記者会見の様子は、ネパール国内外の主要メディアが報道し、
日本国内のメディアも現地にて取材していただいた。


NHK BS1 国際報道2014, 朝日新聞, 読売新聞,
日刊スポーツ, 日本経済新聞, 朝日新聞(英語),
The Japan Times , Republica(ネパール) ,
BBC,  Le Monde(フランス),
Kantipur(ネパール) , NDTV , 他多数

おすすめ情報サイト

下記サイトは、今回のエベレスト事故に関して、詳しく取り扱われている。ぜひご覧いただきたい。

けぇ がるね?日記

ネパール現地在住ジャーナリストが、日々、情報を発信されている。

■ディスカバリーチャンネルのドキュメンタリー。(英語)

■学生時代の野口を、長年にわたり撮り続けていただいた榛葉健プロデューサーからのレポート。

御礼

今回の事故に関して、新聞やSNSを通じ、多くの問い合わせやメッセージをいただきました。シェルパ基金に寄付していただいた皆様に心より御礼申し上げます。また、何よりネパール国内にて、新しい動きがあったことは大変うれしく思います。SSASSならびに野口健は、今後も出来る限りの継続的なサポートをおこなう予定です。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

以上
(担当レポート:小島)

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