2017年6月19日
第1回目の谷口けい冒険基金でサポートをしている同志社大学山岳部からのレポートをご紹介します。
初めまして
はじめまして!!同志社大学山岳部です。 今回、第一回谷口けい冒険基金の支援対象としていただき、ありがとうございます。 谷口けいさんには、文部科学省登山研修所の大学生登山リーダー研修会でも、お世話になりました。その分亡くなられたときは、本当に信じられない気持ちでいっぱいでした。しかし、今こうして谷口けいさんの冒険基金の支援対象となり、今でもお世話になりっぱなしです。そのためにも、私たちは冒険登山を続けていこうと考えています。
(2015年Aicyen峰初登頂時の写真)
未踏を目指す
今回目指す山は、ネパールの西の果てにある、6500m級の未踏峰。この山は、ネパールの西にある、名峰Saipal峰(7,030m)の頂上から撮影された写真に写りこんでいた。 Saipal峰は、1963年同志社大学第二次ヒマラヤ遠征隊により初登頂された。また登頂隊員である平林克敏氏は、冒険家の植村直己氏がエヴェレスト日本人初登頂を成し遂げた翌日に、エヴェレストへ登頂している。
(『サイパル登頂』,平林克敏著,S39年9月10日,P217より引用、写真中央未踏峰)
そんな、山の大先輩であり、大学の大先輩でもある氏のサイパル登頂記録に、この写真があった。調べると、この山は正確な名前もなく、地図にも記載がなく、また極西という、情報が極端に少ない地域に今なお頂を許さず佇んでいる。あるのは、数少ない写真とトレッカーの断片的な情報。だからこそ私たちは、目標をこの山に定めた。 しかし、調べても調べても情報は集まらない。それもそのはずで、この極西域に入るトレッカーは現在でも年間に10名もいないのではないか。それに比べ2016年のエヴェレスト登頂者は640名。エヴェレストの為に入域した人の数はもっと多い。 また、この未踏峰はネパール政府にさえも知られていないため、ネパール政府に対して、山の存在証明及び登山申請を行わなければならない。日本で考えが煮詰まった私たちは、山の偵察・登山申請を行う為に、実際にネパールへ行く事にした。 4月下旬、ネパールの首都カトマンズにて、NMA(Nepal Mountaineering Association)会長のアンツェリン会長・観光省幹部との話し合いの末、存在証明は私たちの撮影した未踏峰の写真提出が条件になった。私たち自身、こんな公式な場での英語での話し合いは初めてで、かなり緊張した。