熊本地震

REPORT益城町テント村の報告と 今後の避難所の在り方に関しての提言

2016年5月31日

熊本地震支援、テント村を行ったことをもとに、今後の避難所のあり方に関して提言書を作成しました。 「野口健 熊本地震支援  益城町テント村の報告と 今後の避難所の在り方に関しての提言」 2016年5月30日 日本記者クラブ 記者会見資料 ・野口健 熊本地震合同支援チーム テントプロジェクト

【テント村設置まで】  4月14日に発生した熊本地震は、震度7が2日続けて発生し、その後の相次ぐ余震で多くの家屋が倒壊、破損した。体育館などの避難所に入れない人達の多くが車中泊を余儀なくされた。 その後、痛ましくも車中泊によるエコノミークラス症候群で亡くなる方が出てしまい、車中泊の危険性が問われた。  野口は、昨年起きたネパール大地震でテント支援を行った経験などから、テントの有用性を訴え、テント・タープ(テント用日除け)各156張りを設置した。 それとともに、「熊本地震支援 テント村プロジェクト基金」も立ち上げ、家庭で眠っているテントの寄附や、支援金の協力を訴えた。   地震発生直後は、個人的にテントを被災地に運ぶことが困難であったため、自らのSNS(ツイッター、フェースブック)にて、テントを被災地に送る方法を訴えたところ、 野口が以前より環境観光大使を務めている岡山県総社市の市長片岡聡一氏よりご連絡いただき、市が行っている益城町への支援物資と一緒にテントの輸送を引き受けてくれた。  総社市は、2013年、「総社市大規模災害被災地の支援に関する条例」を定めており、大規模な災害が起きた際は、市長の権限で、国内どこでの災害に置いても、被災地での支援活動が可能となっていたため、 即座に、益城町の支援を行う事が可能だった。このような条例を定め、実際に活動している自治体は大変珍しい。また、総社市は、南海トラフ地震発生時に被害が予想される四国沿岸部を支援するため、医療ボランティアを行うNPO法人アムダや香川県丸亀市などとともに、「南海トラフ災害対応プラットフォーム」という支援体制を整えていたため、この体制を中心に「野口健・熊本地震合同支援チーム テントプロジェクト」を作り、速やかにテント支援を行えたのだ。 また、総社市と益城町との協議により、益城町総合運動公園のトラックにテント村を作ることを許可してもらった。 IMG_6196  総社市を出発するトラック    P9470324           ボランティアの方々にも手伝ってもらった 【運営に関して】  テント村は、一般ボランティアの手伝いもあり、最終的にテント156張りを設置、タープも全テントに設置した。 テント村は、益城町の管理下ではあったが、益城町役場では人的に運営が難しいとの事で、総社市、備前市、丸亀市、美波市、NPO法人ピーク・エイド(代表 野口健)、NPO法人アムダ(代表 菅波茂)にて管理することとなった。 野口が手配したコールマンのテントは、野口がエベレストなどでも使用しているテントと似た仕様のものとした。 雨風、吹雪に耐えられるだけでなく、天井が高く圧迫感が少ない。ヒマラヤのベースキャンプなどで、1~2ヶ月過ごすために、出来るだけ、快適に暮らせるように野口がこだわったテントである。そのテントをメーカーの協力も得て、即日手配した。   テント村での生活は、足を伸ばして眠れるためエコノミークラス症候群の危険性が少なくなること、また、プライバシーが保てるため、周りに気兼ねなく過ごせるなどの利点から、多くの世代に受け入れられ、最大時には156世帯、571人(5月11日)が入居し、満室となり、一時は、入居のキャンセル待ちも出るほどだった。 P9470350 5月24日のテント村の様子 主な作業・支援活動 ・4月24日、テント設置、テント村開村  ・テント村本部設置(常時、5~7人のスタッフを配置)     【スタッフ延べ人数】      総社市64名、備前市8名、丸亀市13名、美波市3名、      総社市民ボランティア10名、総社市建設業協同組合17名、      十字屋グループ2名、高知県と徳島県の関連グループ13名、      NPO法人ピーク・エイド3名、      NPO法人アムダ 30名((看護師12名、鍼灸師17名、調整員1名)  ・最新式トイレ「ラップポン」の設置(NPO法人災害医療ACT研究所、日本財団5個)  ・洋式仮設トイレ10基の設置(国からの補助)  ・医療テント(救護室)の設置、(NPO法人アムダ)  ・鍼灸、マッサージのサービスを行う  ・熱中症対策のため、全てのテントにタープ(テント用日除け)を設置  ・強風対策として、鉄筋と6㎜コンクリートビスをドリルで打ちこむ。   さらに、土嚢袋を設置。  ・ダンボールベッドの支給(Jパックスより4個)  ・アウトドア用ベッド 100個 設置(一般の方からの寄附)  ・ランタン 500個(一般の方からの寄附)  ・電池式扇風機 200個(一般の方からの寄附)  テント村の運営は容易ではなく、強風対策の為に土嚢作りや補強作業、熱中症対策としてタープ(テント用日除け)の設置、日中のテントに籠ってしまう人がいないように声掛け、トイレ掃除、支援物資の整理など、屋外での作業が一日中、続く。スタッフは全員、県外から来ているため、彼らもテント暮らしをしながら、懸命にテント村を支えてくれた。  野口本人も、時間がある限り、テント村を訪れ、テントやタープの設置、テントの補強など支援活動を手伝った。   この規模での避難所としてのテント村は、国内でも例がなかったという事で、国交省の視察なども受けた。ま災害避難支援の専門家などからは、「今後の被災地のモデルケースにすべき」との評価も得た。また、メディアでも大きく取り上げられたため、多くの支援物資が届き、希望する入居者へ配布することが出来た。テント村で、子ども達が遊ぶ姿や声が大きくなるにつれ、テント村内で笑顔が増えていったことが印象的である。 13077093_842282875883352_6661123019623508742_n 最新型簡易トイレ「ラップポン」 13092005_842198295891810_5256001081377469416_n 医療用テント 13177506_849682848476688_4241515498900659718_n 強風のために補強作業 13239362_849682795143360_6814822546273030268_n 打ち込んだ鉄筋 【閉村に向けて】  地震発生時の4月に比べ、日中のテント内の気温が大変上昇しているため、熱中症などの危険性があること、また、元々、益城町総合運動公園は調整池で、近くの木山川の堤防が、地震発生後、約1m下がってしまったため、 梅雨に入り、川が氾濫した場合の危険性を考え、益城町によって5月31日をもって閉村するとの決断が下されました。  益城町としては、それまでに、地震で屋根が破損していた総合体育館アリーナの修復が完成するため、そこを含め、町内6か所の屋内避難所への入居を呼びかけている。 しかしながら、テント村には小さい子どもがいる家庭も多く、屋内避難所への移転を不安視する声もあり、テント村が無くなるならば、車中泊へ戻るといった声も聞かれ、仮設住宅が充分出来上がるまで、 まだまだ多くの問題点があると思われる。 IMG_6536 5月7日、全テントにタープを張り、風通しが良くなる 13174033_850620908382882_8029628317549908978_n 充分に高さのあるテント 13256122_850620855049554_5049410195680657784_n それぞれの家庭で、たーぷを上手に活用する 【これまでの経緯】 4月14日  熊本地震(前震 マグニチュード6.5 震度7)発生 4月16日  熊本地震(本震 マグニチュード7.3 震度7)発生 4月18日  車中泊をしていた女性がエコノミークラス症候群にて死亡 車中泊の危険性が取り上げられるようになる 4月19日  野口健 フェースブック、ツイッターにテントの有用性を訴える       「野口健 熊本地震支援 テント村プロジェクト基金」を立ち上げる       同日、テント100張り、テント用マット100個を手配       総社市と連携し、益城町に送る手配を整える 4月21日  益城町総合運動公園にテント村を設置する事が許可される。 4月23日  第1便支援物資 テント129張り、マット444枚などが 総社市経由で益城町に到着 4月24日  総合運動公園のトラックにテント110張りを設置 テント村 開村       村長 野口健 副村長 片岡聡一(総社市長)、梶 正治(丸亀市長)、 菅波茂(NPO法人アムダ代表 4月25日  アムダによって、医療テント設置 4月29日  NPO法人災害医療ACT研究所によって最新型トイレ「ラップポン」5個設置 4月29日  第2弾テント50張り、マット50枚を総社市経由で送付 4月30日  テント50張り、ランタンを設置 5月 2日  暑さ対策として、全テントにタープを設置する事を決定 5月 5日  タープ100個を総社市経由で送付 設置 5月 5日  ランタンの支援 5月 6日  強風対策として、土嚢作り、 タープ60個をJALカーゴにて、熊本に輸送  5月 7日  タープ60個を設置 5月 7日  Jパックスにより、段ボールベッド 4個支援、設置 5月 7日  アウトドア用ベッド100個の支援、設置 5月 9日  強風対策の為、総社市の土木専門チームにより強固な釘にてテントを補強 5月16日 5月31日をもって閉村することが正式に発表 5月16日 テント村の子ども達によるコーヒーショップが開催 5月21日 野口健 益城町西村町長と面会。閉村の説明を受ける 5月25日 国交省による国会議員視察団による視察 5月30日 日本記者クラブにて記者会見 5月31日 益城町総合運動公園テント村 閉村 ・日本の避難所に関しての問題点  【これまでの日本の避難所】  ・日本の避難所は基本的に小中学校などの体育館が主である。   これは、昭和22年に施行された「災害救助法」に基づく「災害救助基準」において、   避難所は、「原則として、学校、公民会等既存の建物を利用すること。ただし、これら適当な建物を利用することが困難な場合は、野外に仮小屋を設置し、又は天幕の設営により実施すること。」となっているためと思わる。この法案が施行された当時は、戦後間もない状況で大きい建物といえば、学校などしか無かった。   その後、昭和36年に「災害対策基本法」が施行されたが、小中学校の体育館を避難所とするための耐震化などに重点がおかれていった。  ・床に雑魚寝状態が通常という概念   畳に布団という、日本の生活習慣よるところも大きいと思われるが、床にじかに布団  (マット)を敷く、さらにテーブルなどが無いため、食事の際も床に直接、食器などを置くのが通常となっている。  しかしながら、高齢者を中心に、避難所生活が長くなるにつれ、布団から全く動かなくなる傾向がある。  この事が、エコノミークラス症候群を引き起こしていると思われる。また、床にじかに食器などを置くことになり、  かなり不衛生である。日本の避難所の様子を海外で見せると、災害後24時間以内の避難の様子としか思われない。  ・プライバシーが保てない   多くの避難所は、間仕切りなどは考えておらず、プライバシーが保てない。   着替えや授乳においても、周りの目を気にしなくてはいけない。  近年では、ダンボール紙管と布による仕切りなども増えてきたが、事前に準備している自治体はほとんど無い。 【国際的な避難所の考え方】   ・人道憲章と人道対応に関する最低基準(スフィア基準)    1997年、NGOグループと国際赤十字によって制定された。その中に、避難所としての最低基準が明記されている。これは、紛争のみならず、災害においての支援の基準であり、多くの国連機関、国際機関、NGOがこの基準に基づき活動している。     例1)一時的な災害避難所として、適切なプライバシーと安全が確保された覆いのある空間で、一人当たり3.5㎡が必要。       それが叶わない場合は、家族テントやプレハブなど確立されたシェルターが提供されるべきである。       例2)トイレは50人に一つ必要。女性対男性は3:1   日本の場合は、自治体の条例にもよるが、一人2㎡に満たない場合もあるようだ。   イタリアの場合(2012年5月 エミリア地震の避難所)   ・避難所は、5~6人ずつのテントで、簡易ベッドがあり、カーペットが敷かれている。   ・また、簡易の冷房装置も全テントに設置。   ・食堂として大型ドーム型テント(約200人収容)があり、料理人により食事が提供。   ・トイレは、公園のトイレのような感じで、中に洗面所があり、その向こう側にトイレがある。また、ユニバーサル用のトイレも設置。   ・その他、救護班用のテントとプレハブの診療所がある。 217  イタリアのテント村の様子 215 テントの中 野口健テント村の場合  ・テントとタープで、1世帯あたり、約18㎡、   2人家族の場合一人当たり 9㎡、3人家族の場合 6㎡、4人家族の場合 4.5㎡  ・希望者には、ベッドの支給  ・養護室としての医療テント  ・トイレ 15基    女性用は、大きなテントの中に、簡易トイレ4つを入れて女性専用とした。 【今後の避難所の改善策】  ・選択できる避難所   世帯によって、考え方や状況は様々。体育館やテントなど、避難所にも選択肢が必要。   その避難所とは、数か月は生活しなくてはいけないことを考え、安全とプライバシーが確実に確保されるべきである。  ・災害避難用としてテントの導入   プライバシーを保つためには、大変に有用である。限られてはいるが、家族単位の空間を作ることによって、精神的なストレスもかなり軽減する。また、周囲の明かりや音も格段に気にならなくなる。   テントの備蓄に関しては、自治体に備蓄できる事に越したことは無いが、各家庭でも災害備蓄品の一つとして、保管しておくことを推奨していく。  ・簡易ベッドの導入   人は、ベッドを使用することより、格段に体を動かすことが多くなる。寝起きも簡単になり、活動性が出てくる。数時間おきに、起き上がって、ベッドの淵に座るだけでも、エコノミークラス症候群の防止になる。   現在では、ダンボールで出来るものなど、災害時用で大変すぐれたものもある。    ・自治体と民間の連携   今回の「南海トラフ災害対応プラットフォーム」のように、各自治体が各々、他の自治体と災害時にすぐに連携し互いに助け合えるような制度を作り、さらに専門的な技術、知識がある民間団体との連携により素早く、幅広い支援活動を行えるように準備しておくことが必要。 【最後に・・】 テント村を1か月半、運営してみて感じた事があります。震災時におけるテント村というものが、日本において馴染みがありませんでした。テント村を始めた直後は、テント生活を不安視する声も多く寄せられました。例えば、暑い日の熱中症、大雨による浸水、強風による被害等など。しかし、様々な対策を取ってきたおかげで、浸水はゼロ、強風によってテントが飛んだのもゼロ、熱中症による救急搬送も出ませんでした。 ほとんどの入居者にとって、テント生活は初めての経験でした。雨の日はトイレに行くにも、傘をささなくてはいけない。強風の日は、寝れない日もあったでしょう。 しかし、益城町がテント村を閉鎖すると決まった後でも、テント村に残りたいという多くの声がありました。それは、雨風による不自由さよりも、入居者の多くの方々が求めたものは、プライバシーだったからです。家族だけで過ごせる空間が必要だったのです。 私たちがこのテント村において、もっとも意識したことは、テント村でどう楽しい 空間を作っていくかという事です。避難生活をされている方々には、家を失い、仕事も失い、これからの人生に大きな不安を抱いている方もいます。テント村の役割は、雨風をしのぐことだけではなく、避難生活の中においても、楽しむ心、そしてこれから先の未来に気持ちを前向きに持っていけるような環境を目指すことでした。 幸いな事に、テント村では、この1か月半、救急搬送された方は、ゼロです。専門家の先生は、600人弱居ながら、救急搬送が一人もいなかったことに大変驚かれます。その理由の一つには、ストレスフリーが大きく影響したのではないかと言われています。 テント村が目指したのは、日本一笑顔の多い避難所でした。他の避難所では、子どもの声が迷惑と問題視されているようですが、テント村は毎日子ども達の笑顔と遊び声に包まれていました。子ども達の笑顔に多くの大人たちが勇気をもらっていました。日に日に、笑顔が増えていきました。 彼らは、テント村を出て、他の避難所等に移っていきます。次の避難所でも、彼らの笑顔が消えないことを祈るばかりです。 野口健

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