ヒマラヤ大震災基金

REPORT産経新聞連載 直球&曲球が掲載されました。

2015年8月28日

産経新聞連載 直球&曲球が掲載されました。 ぜひご覧ください。 http://www.sankei.com/column/news/150827/clm1508270008-n1.html 「ネパール大地震4カ月 取り残されたままの地域多い」 あの大地震から4カ月、再びネパールに戻ってきた。日本でもあれだけ大々的に報じられた大地震も情報がぴたりと止まってしまった。日本にいては現場の情報がわからない。まず、向かったのはロールワリング地方。震災で家屋の倒壊や土砂災害が多発した地域。雨期の到来で地滑りが深刻化し二次災害も。カトマンズから四輪駆動車で向かうのだが、土砂災害で道路は寸断されている。先日も断崖絶壁を走っていたバスが土砂に押し流され谷底へと落ち、複数の犠牲者を出したばかり。危険地帯を越えるたびに、生きた心地がしなかった。  到着したのがシンガティ町。余震(5月12日)の震源地から10キロ圏内にある。ネパール大地震の全体の死者は8千人強だが、シンガティ町と周辺だけで死者数500人と被害が集中した。街中の建物が倒壊し、がれきの中にトタンで作られたバラックが並ぶ。ディーネ・タマンさんは「震災から4日後に落石でつぶれた車の中から娘夫婦の遺体を発見した。奇跡的に車の隙間で泣いている2歳の孫娘を見つけ、家に連れて帰ったが、2日後に死んでしまった。発見が遅すぎたのだ。政府からは1万7千ネパールルピー(約2万円)のお金をもらっただけだ」と感情を押し殺すかのように話した。  さらに、山間部の村々を目指し、山奥へと足を踏み入れたが、村人から「震災後に初めて外国人が来た。今まで、誰も来てくれなかったし、誰も助けてくれなかった」と告げられた。震災後に立ち上げた「ヒマラヤ大震災基金」では、エベレスト街道を主に支援してきた。観光立国のネパールのシンボルであるエベレスト街道を復活させれば、観光客は戻ってくる。観光の復活はネパールの復興に必ず貢献するからだ。エベレスト街道では、倒壊した多くの人家やロッジが再建されている真っ最中。来春の観光シーズンまでには間に合うだろう。  しかし、外国人に注目されていない地域の多くはいまだに取り残されたままだ。忘れ去られた地域にどのようにしてスポットをあてるのか。そのためにも、伝え続けなければならない。僕の旅は続く。

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