シェルパ基金

REPORT朝日新聞で紹介されたシェルパ基金の反響

2002年3月 1日

雪崩で命を落としたナティー・シェルパの生前1週間前の写真(左上)。 弟ナティー・の亡骸を抱える兄デンディ・シェルパ(右上)。この雪崩で亡くなった日本人を含む外国人は、棺に納められ火葬された(写真下)亡くなったシェルパたちの葬儀は、この葬儀とべつに生まれた育った村でひっそりと行われた

 2月8日、朝日新聞の夕刊で「シェルパ基金」設立の記事が大きく取り上げられた。その直後から僕の事務所の電話は鳴りっぱなし。予想以上の反響に驚いた。

 しかも、山岳関係者以外のヒマラヤとはまったく無縁の方々からの連絡がその大半であった。ヒマラヤに行ったことのない人々がシェルパのおかれた現実に心を痛め、シェルパ基金へ寄付してくださった。心からお礼申し上げます。

 来月ネパールへ向かいますが、シェルパ基金のネパール代表でありますアンツェリン氏と保証のありかた、人選について再度、確認します。シェルパ基金をよりいっそう確実なものにするためにも今後もネパール山岳会・ネパール山岳協会の協力を仰ぎながら日本の山岳関係者や世界の山岳関係者に理解と共に活動にご賛同頂けるように精一杯努めていきたい。

 朝日新聞の記事の中に、95年11月に起きた史上最悪のトレッキング遭難事故で棺桶にいれられた日本人遺体とその横に無造作に並べれられたシェルパの遺体の扱いに私がショックを受けたと紹介された。この内容にこのトレッキングを企画した日本の旅行会社から朝日新聞に抗議が寄せられた。シェルパの遺族に対する扱いは適切であったとのご意見であった。
「ネパール人は棺桶に入る習慣がなく、用意したものの使用しなかった」
とのことであるが、私の友人で被害者のナティーの遺体は葬式の際に棺桶に入れられて行われた。遺族によって用意された棺桶。したがって私とトレッキングを企画した旅行会社との認識は異なるが、しかしいずれにせよナティーの葬儀に雇っている側の人間は誰一人参加しなかった。
「我々は犬のように扱われた」
と話していた遺族の声が私には忘れられない。
だからといって、私はこの山岳地帯のトレッキングを専門とする旅行会社に対して批判するつもりはない。事故そのものは予測不可能であったし、事故後のシェルパへの保証も行っている。

  ただし、この事故をきっかけにシェルパとの関係を今一度考えていきたい。全ての登山隊とは断言はしないものの登山隊とシェルパとの関係は
「シェルパの使い捨て」
といわれても否定しきれない歴史がある。シェルパ達の犠牲を繰り返しながら、世界の屋根、ヒマラヤの高峰は登頂されてきた。これからもシェルパ達の声を集め、どのような事故が繰りさえてきたのか事実を明らかにしていきたい。

  これから走り出すシェルパ基金。勉強しなきゃ! 

 

▲2002年朝日新聞の掲載記事

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