シェルパ基金

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シェルパ基金とは、ヒマラヤで登山ガイド中に亡くなったシェルパの遺児の教育機会をサポートする基金です。

シェルパとは、ネパールの少数民族の一つで、元来高所に住んでいたため、ヒマラヤ登山の開拓時代に高地に順応した体を生かし、ヒマラヤの荷物運びや案内人とし働き、現在ではヒマラヤにおける登山ガイド=シェルパとなっています。

ヒマラヤでの登山において、シェルパによるサポートはとても重要で、彼らにとってガイド業は貴重な収入源です。そのため外国人登山隊とシェルパはきってもきれない関係にあります。しかしながら登山ガイドは命がけの仕事で、登山ガイド中に事故や遭難にあうシェルパは少なくありません。

事故で一家の働き手を失ってしまうと、一家の収入はなくなり、残された子供たちが教育機会を得ることは難しくなります。そこで2002年に基金を立ち上げ、亡くなったシェルパに代わって、遺児たちを最長で幼稚園から高校卒業までサポートしています。


◆遭難シェルパの子どもたちに育英奨学金を DSC_0004 「シェルパ基金」は、日本のヒマラヤ登山隊に参加・協力して事故や遭難にあったシェルパ及びその遺族を支援するための国際協力活動です。シェルパの遺族を補償するために2002年に設立、登山ガイド中に亡くなったシェルパの遺児たちに対して、育英奨学金(授業料・寮費など)を給付します。 小学校から高校までの長期間のサポートをおこなっています。これまで計19名(2015年1月現在)の遺児に援助を行ってきました。すでに8名が高校を卒業しました。現在は、13名の生徒がカトマンズやクムジュンの学校に通っています。 そもそものきっかけは、野口の大親友であったシェルパの遭難死でした。1996年、ヒマラヤのトレッキングルートで雪崩が発生し、日本人13名が亡くなる遭難事故がありました。 日本で報じられたのは日本人13名の死亡のことばかりでしたが、じつはこのとき、同行していたシェルパ12名も犠牲になっていました。そのなかに、野口の親友ナティもいたのです。   急遽ヒマラヤに飛んだ野口に、ナティの兄、デンディ・シェルパは言いました。   「私たちは好きで山に登っているのではない。山に登らなければ生活できないんだ」   この言葉に衝撃を受けた野口は、シェルパの補償制度の現実がいかにあやふやなものかを知り、「シェルパ基金」を設立するのです。
◆シェルパは危険と背中合わせ 事故で亡くなったシェルパの子どもと シェルパとは、ヒマラヤ地域に住んでいる山岳民族の名称です。ヒマラヤで日本をはじめ世界中の登山隊が夢を達成できるのは、シェルパの協力・サポートあってのもの。シェルパなくしてヒマラヤ登山は成立しません。 ところが、ヒマラヤで事故が起きた際、外国人登山家の遭難はニュースになりますが、遠征隊のサポートをしていて亡くなったシェルパのことは、ほとんど報道されないのです。これは日本のみならず、海外でも同様です。 熟練したシェルパは遭難しないのでしょうか。いいえ違います。   実際には毎年遭難や事故にあうシェルパは少なくありません。いえむしろ多いといっていいでしょう。1950年~2009年にかけて、ネパールの6000メートル級以上の山でのシェルパの死亡者はじつに224名にのぼるそうです。その半数近くが、遠征隊のためのルート工作など遠征準備中の雪崩によって命を落としているのです。 雪崩のような事故は、ベテランのシェルパがどんなに気をつけていたとしても、防ぎようがありません。ですが、残された家族への補償や、事故にあったシェルパへの医療やケアは十分ではありません。ヒマラヤの登山はシェルパの協力なくしてはありえません。にもかかわらず、彼らへの補償はあまりにも薄いのです。 「シェルパ基金」の第一の目的は、シェルパの家族への息の長い保障システムです。そして第二の目的は、危険と背中合わせで仕事をしていながら、そのことがあまりにも知られなさすぎる現実に気づいてもらうこと。シェルパの待遇改善のためには、彼らがどういう状況にあるかをもっと多くの人に知ってもらうことが大切なのです。

スイスの時計メーカーであるインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(International Watch Company 、以下、IWC)が野口の名前を冠したモデルを発売。シェルパ基金に、売上の一部が寄付される仕組で限定二百本は完売。雪崩で亡くなったシェルパの遺児が十人、十年間暮らせるだけの寄付が集まりました。 スイスの時計メーカーであるインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(International Watch Company 、以下、IWC)が野口の名前を冠したモデルを発売。シェルパ基金に、売上の一部が寄付される仕組で限定二百本は完売。雪崩で亡くなったシェルパの遺児が十人、十年間暮らせるだけの寄付が集まりました。

◆シェルパのための社会福祉システムが急務 IMG_7336-thumb-400x266-31 2014年4月18日、エベレストの標高5900メートル、通称フットボールフィールドと呼ばれるクンブアイスフォールで大雪崩が起き、通過中のシェルパ13名が死亡、3名が行方不明になる事故がありました。 雪崩に巻き込まれて死亡したなかには、野口とエベレストやマナスルで清掃登山を共にしたアンカジ・シェルパも含まれていました。彼は離婚して、ひとりで6人の子どもと両親の面倒を見ていました。その父を失った19歳の長女の肩には、祖父母を含めた家族8人を養わなくてはならない重責が一挙にのしかかりました。 シェルパの遺児の補償システムは確立されていません。遠征隊がシェルパにかける民間の保険では、支払われる保険金は上限100万円程度です。今回の事故後、シェルパ側からの要求でこの額がおよそ150万円に変更になりましたが、この額では一時的な弔慰金にしかなりません。 ネパール政府は、事故後、およそ4万円の補償金を発表しましたが、これも微々たる弔慰金にすぎません。大切な大黒柱を失った家族が、この先どうやって生活を支えていったらいいのか。そのための補償金とはとてもいえないのです。 遺児たちが学校教育を受けることを中断したり、あきらめたりしなくても済むようにするためには、継続的支援が不可欠です。それには、個人への支援というかたちではなく、シェルパ全体の社会福祉の仕組みを構築する必要があります。 野口は、今回、ネパール山岳協会に、セブンサミッツ持続社会機構(現ピーク・エイド)として約10万USドル(1020万円相当)の寄付をしました。ネパール山岳協会のアンツェリン・シェルパ会長は、この寄付金をもとに、シェルパのための補償問題を考える新基金を設立すると発表しました。この新基金によって、シェルパの身にいくばくかでも保障がなされるようになれば、これほどうれしいことはありません。
DSC_0047 2014年に起きた雪崩によるシェルパの大量死亡事故後、一部のシェルパが補償金への不服を理由に、登山隊への参加協力をボイコットするという異例の事件に発展してしまいました。   このため、エベレスト入りしていた多くの登山隊が、2014年シーズンの登山を断念せざるを得なくなりました。日本からも多くの登山隊が挑戦予定を断念することとなり、日本ではその部分が大きくクローズアップされたりもしました。 ボイコットの背景には、一部政治勢力の介入などがあったともいわれています。   しかし、エベレストは非常に高い入山料を要求しています。それは登山予定をキャンセルしたからといって返却されるわけではありません。そもそも登頂を目指すには相当まとまった額のお金をかけて準備を整えてきていますから、突然断念することになる登山隊の経済的打撃は非常に大きいのです。 ビッグスポンサーがついているならいざしらず、個人的な登山隊であれば、もう一度挑戦するようなことは難しいかもしれません。シェルパのボイコット問題のようなことが今後も起きると、これはネパールの国際的な評価を大きく左右する問題になる恐れもあります。   ネパール政府はエベレスト入山料として、1シーズンで3億円以上の収入を得ているといわれています。それだけの外貨を稼いでくれるシェルパに対して、もっと手厚い補償制度を設けなければ、なんのための入山料かわかりません。 シェルパは命を賭けているのです。自然相手のヒマラヤ登山のリスクをゼロにすることはできません。ならばせめてその補償をシェルパの納得のいくものに改善すべきであると、そして、今回の事故ならびに寄付を契機にネパール社会がヒマラヤ登山の現状について広く世界に周知徹底させ、改善を図っていくべきだと、野口は考えています。

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